『インサイド・ヘッド』はアナ雪の続編?!大人にも見て欲しい一本

   

『インサイド・ヘッド』ありのーままでー

Hu-media 初投稿のコウヘイです。

「人間らしさ」を書いてみよう

「人間らしさ」を書くって、ありのままを書けばいいっていうことですよね。

きっと。

 

なので。

予告篇の段階からずっと気になっていた『インサイド・ヘッド』を観てきました。

見終ってびっくり。

この映画、Hu-mediaにはもってこいの映画でした。

 

『アナと雪の女王』の紹介から。

この映画について、紹介をする前にアナ雪の名称で知られる『アナと雪の女王』について、ちょっと紹介しますね。

これから書いていくことの前提条件として知っておいていただきたいので。

 

作年、ずっと話題が持ち切りだったディズニーの映画『アナと雪の女王』。

レリゴーで知られた曲も、耳にたこができるくらい聞かれた方も多いかと思います。

映画をみられていない方のためにストーリーをWikipediaからひっぱってきました。

ディズニー史上初のダブルヒロイン、すなわち、2人のディズニープリンセスを主人公とする作品である。雪と氷の魔力を持つ女王エルサ、そのエルサと王国を救うため冒険の旅に出る妹アナ、この2人の姉妹を軸に、真実の愛が描かれる。
Wikipedia 『アナと雪の女王』

女性が主人公で、愛が描かれて、とある行動が物語のカギになっていて、かっこいい男の子も出てくる……という、あたかもディズニーの王道っぽい映画ではあるんです。

なんで“あたかも”や“っぽい”という言葉を使っているのかは、ご覧になっていただければわかるかと思いますので割愛します。

 

この映画のテーマ曲、劇中の重要な部分で使われるレリゴーこと『レット・イット・ゴー~ありのままで~』の歌詞はもうご紹介不要ですね。

ありのままの自分でいよう!という歌詞でした。

自分をひた隠しにせずに、自分を信じて、自分らしく新しい人生を歩みだそう、と。

 

記事のタイトルに続篇?!なんて書きましたが、『インサイド・ヘッド』では、アナもエルサもオラフも出てきません。

勿論。そこのところは悪しからず……。

では、このあたりで『インサイド・ヘッド』へと移りましょう。

 

『インサイド・ヘッド』という映画について

日本では7月18日に封切らた、『インサイド・ヘッド』は、ディズニー/ピクサーの3DCGのアニメ映画で、『トイ・ストーリー』から始まったピクサーの長編アニメーション20周年記念映画とのこと。

Youtubeに上がっている予告篇はこちらから。

ディズニー公式YouTubeチャンネル ― 『インサイド・ヘッド』ストーリー予告

この映画の設定をカンタンに書いてみます。

ライリーという女の子の頭の中に、5つの感情「ヨロコビ・イカリ・ビビリ・ムカムカ・カナシミ」がいて、ライリーがどの感情をおもてにだすのか、という判断をしている、という設定で話は進んでいきます。

 

予告篇の中では、こんなストーリーが描かれています。

5つの感情たちがライリーを守って、幸せにしていて、ほとんどがハッピー!という毎日を過ごしています。

でも、アクシデントによってヨロコビとカナシミが、感情を表現するための“司令部”からいなくなってしまいます。

その他の3つの感情だけではライリーの心が壊れる?!という危機に。

 

今までのようなハッピーなライリーでいるために、ヨロコビとカナシミが急いで司令部へ戻らなくっちゃ!

ライリーの明日をいい一日にするために!

 

と、ここまで予告篇を元に、ネタバレしない範囲でお送りしました。

 

では、『インサイド・ヘッド』のネタバレ始めます。

。。

。。。

よいですか?

ネタバレが嫌いな人は引き返してくださいね。

http://hu-media.net/

とはいっても、このネタを読んでいただいた上で映画をご覧になると、違った面白さが得られるのではないか、と思っています。

予告篇であおられるようなカナシミの役割とは?!という方向とは、きっと違う解釈で書いているんじゃないかな、と思うので。

 

『インサイド・ヘッド』【ネタバレ含む】

先に、今回、僕が書きたいことを載せておきますね。

それは、タイトルにも挙げましたが、『アナと雪の女王』『レット・イット・ゴー~ありのままで~』の続篇とも言うべき「ありのままでいよう」なんです。

 

アナ雪で描かれるテーマの内の1つ、この要素は分かりやすいです。

隠している自分自分をさらけだそう、本当の自分ってこういう人間なんだよ、って認めてあげようということ。

ネガティブなことをやめて、ニュートラルになろうっていうことですからね。

ネガティブが好きな人はあまりいませんから。

 

でも、今回の『インサイド・ヘッド』はポジティブをニュートラルに、という映画なんです。

どういうことかって、分かりやすくいえば、人生ずっとヨロコビだけではいられないよ、ということ。

カナシミなんてもっての他!ヨロコビが一番いいの!

ライリーの頭の中では、ヨロコビが中心、みんなのリーダーになっています。

喜びが基準になっているので、彼女の言葉や行動はさらっと聞き流せてしまいますが、実はちょっとした曲者です。

 

予告篇でもあるように、記憶はボールとしてあらわされていて、それに関する感情の色がつくんです。

楽しい記憶はヨロコビの黄色、腹立たしい記憶はイカリの赤なんていう風にね。

(そういえば、記憶がボールって『ネバーエンディングストーリー2』でもそうでしたよね)

 

そして、一日の終わりに、その日の記憶を、保管場所へ送る作業が頭の中で行われます。

予告篇でいう、ヨロコビが吸い込まれてしまうパイプがそれ。

記憶のボールを、記憶の保管庫に送るパイプなんですね、あれって。

 

で、そうやって送る前に、一日にどんなことが起きたのかっていうのを感情たちがざっと見直すんですが、そこに黄色のボールが多いと、ヨロコビはご満悦。

今日も楽しい一日だったーって。

でもね、それとは逆に、記憶のボールの色が、イカリの赤やムカムカの緑が多かったりすると、残念そうな表情を浮かべたりします。

 

それから別のシーンでは、カナシミの行動には辟易して、隔離しようとしたりします。

あきれ顔をみせたり。

あるいは、カナシミの言葉を聞かないフリをしたりもします。

 

こうやって、ヨロコビは何がなんでも自分が一番でいたい、と思わせるそぶりを度々見せるんです。

ヨロコビいっぱいの楽しい生活で、ライリーを幸せにしたい!って。

 

プラス思考って素敵なこと・・・?

子どもが得意気な表情

これね、思い浮かぶことがありませんか?

そう「ポジティブシンキング」「プラス思考」なんです。

この頭の5人をポジティブとネガティブで分けたら、恐らく、ポジティブはヨロコビだけで、イカリ・ビビリ・ムカムカ・カナシミはネガティブに入るでしょう。

でも、その他の感情を無視してまでも、ヨロコビに浸るというのは、この5人の関係性を見てると、ちょっと異常にみえてきます。

 

他の感情はヨロコビを慕ってくれても、その逆のシーンはそれほどありません。

また、カナシミ以外のことを認めてはいますが、カナシミはかわいそうに、蚊帳の外。

しかも、話も噛み合いません。

それが表れるのが、物語も終盤に差し掛かってくるシーン。

 

記憶のボールを手に、その記憶を思い出しながらヨロコビとカナシミが話をするとき、ヨロコビは勿論嬉しかった話をします。

でも、カナシミが何の話をしているんだか、についてはサッパリ。

 

その後、ヨロコビが一人でそのボールをいじっていると、その記憶が逆再生されて、悲しかった記憶が喜ばしい記憶の前にあった、ということがみえてきました。

 

でも、自分の感情の管轄外だからか、ヨロコビはそれを覚えていなかったんです。

いわゆる「記憶の美化」をしていました。

ヨロコビの無意識の中で。

 

そうやって初めて、ヨロコビの記憶だけじゃない、っていうことにハッとされられます。

そして、これをきっかけにヨロコビはカナシミのことを認めはじめます。

 

あなたの頭の中<インサイド・ヘッド>はどうでしょうか?

あなたは普段、どんな感情を出していますか?

ヨロコビに限らず、一つの感情に支配されていませんか?

何事がおこっても、同じような感情を抱いて処理していますか?それとも、いろんな感情で「人間らしさ」がでていますか?

 

自分の感情を、抑えずにきちんと認められていますか?

表現するしないに関わらず、認めることは重要です。

感情を抑え込んだり、感情に振り回されてしまうクセがつくと、感情に支配されてしまうようになります。

 

この映画の中で、お父さんの場合はイカリが5つの中心にいます。

お母さんの場合は、カナシミが。

そして、一番最後にでてくるバスの運転手さんは、5つとも全てイカリなんです。

色は一応5種類揃っていますけどね。

 

たとえ、1つの感情をメインに据えたとしても、全てをそれに染めようとせずにいる方が「人間らしい」んじゃないかと僕は思うんですよね。

 

ビビリが中心でも、カナシミが中心でも、イカリやムカムカが中心に居座っていたっていいんです。

もちろん、それがヨロコビでもね。

でも、それ以外の感情もあってこそ、「人間らしい」自分です。

他の感情をきちんと味わっていいんです。

 

先のバスの運転手さんは全部がイカリでしたが、同時に描かれる犬や猫は5つの感情が揃っていました。

 

かわいそうに、この運転手さんは何があってもイカリでしか表現できないんじゃないかと思います。

ヨロコビに富んだイカリ、カナシミに満ちたイカリ、ビビリで震えてしまうイカリ、ムカムカするイカリ、イカリらしいイカリ。

色んな種類であっても、イカリはイカリですよね。

 

『インサイド・ヘッド』の最後に出てくるバスの運転手さんが、このように描かれていただけであってお仕事そのものについて書こうと思っているわけではありません。

念の為。

 

せっかく味わう機会があるなら色々な感情を味わって生活したいと僕は思います。

勿論、それに振り回されることなく。

 

感情に振り回されずに生きていくには

まずは、感情に対する固定観念を捨てることが一番大切です。

ヨロコビはいいこと、カナシミは悪いこと、イカリは避けたいことなどなど。

人間ですから、そのときそのときに色々な感情が湧いてくるのは当たり前なんです。

 

予告篇の中で、ビビリは自分について「危険を守っているんだ」と紹介します。

 

それと同じ。

 

それぞれの感情に意味があります。

必要なんです。

でも、どれか一つの感情をずっと抱いているなーって気づいたら、その瞬間にこの映画の“司令室”を思い浮かべてみてください。

 

いまコントロールしてるのは、イカリ?カナシミ?ヨロコビ?ムカムカ?ビビリ?

こうやって、自分の抱いている感情が分かるようになると、自然と振り回されなくなってきます。

とはいっても、一朝一夕にはできませんけどね。ちょっとした慣れが必要です。

大丈夫。カンタンですから。

 

感情は一種類とは限らない

ヨロコビとカナシミの話が噛み合わないシーンの話を先にしました。

悲しいことがあって、その後に喜べることがあった、と。

そのとき、ボールはカナシミの青から、ヨロコビの黄色に徐々に変化するんです。

1つの感情の移り変わり、なんです。

 

でもね、最後には、一つのボールにいろんな色が入り混じるようになります。

複雑な感情とでも言いましょうか。

黄色の中に青い筋が入る、というような表現になってきます。

ライリーが、一大事件を起こして、いわゆる「人間的な成長」をした後に、こうなってくるんです。

子供から成長して、シンプルな感情ではなくなったよ、って。

 

こんな風に、感情ってまじりあうこともあるんです。

色々な経験をした人ならば、複雑すぎて、どういう思いを抱いているのか自分でも分からない、そんなときもあっていいんですよね。

シンプルなのが一番、とは言いますが、人間の感情って結構複雑ですもの。

 

なので、ちょっと上に書いた、司令部の想像の例でいえば、イカリとムカムカのコンボかー、とかヨロコビにビビリが手を貸しているなーなんていう観察ができたら、もっと面白いことになります。

 

「過去は変えられるけれど、未来は変えられない」

女性

斎藤一人という方の言葉で、こういう言葉があります。

ちょっと、それは書き間違いじゃないの?って思いました?

いや、これで合ってるんです。普通、一般的には、済んだ事は変えられないけど、これから起こることは変えられるんだから頑張ろうとか、って言いますよね。

 

でも実際は逆なんです。

 

この映画でも、そのシーンがありました。

予告篇でもありましたが、ヨロコビの黄色のボールが、カナシミによって悲しい青いボールに変化してしまう場面。

ヨロコビに満ちた記憶が、悲しい記憶になってしまった瞬間です。

 

そうなんです。

 

過去に起きた事象は変えられませんが、それについての感情は変えられるんです。

なので、記憶として、嬉しい記憶なのか悲しい記憶なのか、を変えることができます。

 

1つ、何でもいいので記憶を思い出してみてください。

それに関する感情は何ですか?

視点を変えたり、今の自分の立場から見直したら、感情を変えられませんか?

感情が変えられるようになると、過去を変えることができます。

 

過去が変わると、今までとはちょっと違った人生を歩めるようになります。

身の回りの世界が変わってみえてきます。今までとは違う自分でいられる、っていうことですからね。

 

僕自身、あまりに手ひどくフラれてのんだくれていたことがあります。

でも、その経験のバネがあったから、妻と一緒にいまこうやって生活をしています。

妻と出会うまではずーっと青かった記憶のボール。

 

でも、今は色がすっきりと抜けて、ただの事象としての記憶になっています。

そうそう。

色のないボール、感情をもたない記憶っていうのもアリですよね。

あそこで別れがあったから、いま幸せなんだよなーって、過去が変わりました。

 

あ、そうそう未来は変えられません。

なんでかって、それは単純です。

まだ起きてないから。

変化させるべき、元がないんです。

ね。だから変えようがないんです。

 

『インサイド・ヘッド』を元に「人間らしく」生きるを考えてみる

 

ここで、もう一度ざっくりと書いてみます。

・毎日がヨロコビだけで生活する必要はない
・過去を変えることができる

人間って、どうしても、過去の記憶と感情をもとにして、いまの目の前の状況を判断してしまいますよね。

アナ雪で、エルサが過去のあやまちを悔いて閉じこもってしまっていたみたいに。

 

この映画で、ヨロコビがカナシミを無視してでも、何でもかんでもヨロコビとして考えようってしちゃうみたいに。

これの両方ともが、ストーリーの終盤になって変わってきます。

エルサは自分のことを恐れなくなったし、ヨロコビはカナシミを認めてあげられるようになった。

 

そう。何度も言いますが、人間って色んな感情があって当たり前なんです。

そして、それは常に変化していくんです。

記憶に関しても、誰か人に対する感情も、自分自身に関する感情も、変化していくんです。

 

ドリカムの曲も、サビがとてもかわいらしいので、サビだけだけ聞こえてきてしまうかもしれませんが、サビ以外を聞いてみてください。

この視点をふまえると、深く聞こえてきます。

色んな感情を知って人間的に成長していこう、って。

 

固定観念に縛られずに、常に今はどんなことが起きているのかな?

って対処していくのが「人間らしい」生き方の1つなんじゃないかと思います。

 

もし、あなたにお子さんがいたら。

お子さんの幸せを願うのは誰でも同じこと。

でも、この映画の終盤までのヨロコビにはならないでいてあげてください。

いろんな感情があってこそ、人間です。

 

何事もすべて「幸せ」のために発生しますが、それを固定観念で、ヨロコビやカナシミ、イカリ等でみてしまうと、歪んだ記憶になってしまいます。

いろんな感情があって、それを認めることで、初めてきちんと成長をしていくものだと思っています。

自称「いい子」として生きてきた僕は、ありのままの感情が大切だと、今30歳になって思います。

 

もし、お子さんがいなかったら。

ご自身のことを、子供のように観察してみてください。

自分という人間を成長させていく、見守っている、親であり子なんだ、と。

 

いま、自分の頭の中ではどんな感情が主導権を握っているのかな?

他の感情に主導権が渡ったら、どんな感じになるかな?

なんていう風に考えてみると、いつもとは違う自分になれます。

 

試しに一日だけ、あるいは半日だけ、自分のことを子供だと思って見守るように生活してみてください。

こんなことがあって大変だったねー、嬉しかったねー、なんて子供をあやすように、振り返ってみてください。

 

こんなことを考えてみると、今までとはちょっと違った世界が目の前に現れてくると思います。

というか、僕はこうやって考えることで世界がだいぶ変わりました。楽に生きることができるようになりました。

 

さいごに

『インサイド・ヘッド』、ぜひ劇場に足を運んでみてください。

アニメだから、CGだから、吹き替え版だから、等々あれこれ言いたくなるかもしれません。

ネタバレも書いてあるしー、って。

 

でも、いつもとはちょっと違った自分を体験するつもりで、映画をみてみると世界がちょっとだけ変わります。

この映画にでてくる感情たちは、5人全員があなたの分身です。

記憶のボールの色の変化を体験してみてもらえたらなー、なんて思います。

 

 

コウヘイ、初投稿でいたが、いかがでしょうか?

ちょっと気張って長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございましたー。

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コウヘイ
「踊って、笑って、夢をみて」生計をたてていこうと、パートナーのヨガ講師カオンと活動中。 ビール好き・映画好き・ダーツ好きな31歳。使う言葉にクセがあるとよく言われるので、その内、文章を読み始めただけでコウヘイが書いてるなーって思われるようになる……かもしれません。

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